はじめに
7月分の観劇記です。そのイメージとは異なる腎・糖尿病科の忙しさに圧倒されていたため質*1・量ともに乏しいですが、記録は記録として残しておきます。
7/14 青年団『その森の奥』@こまばアゴラ劇場
いわゆる「静かな演劇」の発起人である平田オリザの新作ということで、初めてこまばアゴラ劇場へ。この劇場、あの大林宣彦が映画館として立ち上げたものを甥にあたる平田さんが引き継いだというなかなか強烈な由縁をもっており、その独特な建物の構造が印象に残っている。
前情報で「多言語同時発話」であることは知っていたが、開幕から舞台を埋め尽くす日本語・韓国語・フランス語での騒々しい会話に圧倒された。
氏の評論『演劇入門』にあるように、多言語*2で交わされるカジュアルでとりとめのない会話(Conversation)の中から、抽象的で省察的な対話(Dialogue)が浮かび上がってくる様を興味深く観た。
舞台では、サルを幼形成熟によって人為的に進化させようとするマダガスカルにある研究所の1日が描かれる。対話の大まかな内容としては日・韓の関係をフランスとその植民地における白人・黒人の関係によって相対化し、その関係を人・ボノボ・サルの関係によって相対化するといったものから、動物実験の是非、喪失とどう向き合うか、商業主義の功罪などなど多岐にわたる。どのテーマについても、雰囲気は穏やかなもののなかなか刺激的なものに仕上がっており、面白く観ることができた。
政治的なテーマに踏み込む中でも、不快感や違和感を持たせない筆者のバランス感覚に感服した。唯一、日本*3のビジネスマンとその同僚の描き方には露悪的な部分もあったが、その矛先は日本人ではなく、拝金主義の愚かさに向いている、そんな気がした。
7/15 パスピエ『More You More』@Zepp Tokyo
高校の時の友人に誘われ、かなり久しぶりに「舞台芸術」をやっていないライブへ。
抒情的な内容を華やかな音像に載せる楽曲はもちろん、観せ方・聴かせ方も上手で満足いく時間が過ごせた。大学時代に少し由縁があるバンドだったこともあり、ちょっとセンチメンタルな気分にもなった。
ただ、終演後の虚脱感に、いくら成田ハネダのキーボードが技巧的に優れていよう*4と、大胡田なつきのボーカルが可愛かろうと、その言葉以外にはあまり自分の人生には影響を及ぼさないのだなぁと思った。
ちなみにパスピエを知ったきっかけは作家の佐藤友哉。彼は顕著な例かもしれないが、荒んだ人間観を持ってしまった人*5が好きになる音楽は結構限られている気もする。
7/31 『HERO 2019夏』@ヒューリックホール東京
チケットぴあのポイントを引き換えた無料券で観劇。
1000人規模のホールでストレートプレイを観るのは初めてだったが、途中退席を検討するほどには面白くはなかった。
ツッコミどころを挙げるときりがない。タイトルのHEROだが、(おそらく)主人公の内面描写のシーンで(おそらく)恐怖心などを具現化したショッカー風の黒子に対峙するヒーロー戦隊風の一味から採ったものと思われる。しかし、話の流れ上ヒーロー戦隊が出てくる必然性が皆無であり、タイトルの時点で内容のなさ、思慮の足らなさを露呈してしまっている。
内容も驚きはなく、過去のトラウマのために男女交際に消極的になっていたが、相手の押しに負けて2年間限定という条件で交際していた主人公が、恋人が妊娠していることを知り「父になる*6」こと、その責任を受け入れるというだけだ。
しかし、その克服の過程やきっかけが描かれることはない*7。主人公が父になることを拒む理由も、過去の恋人を病気で亡くした、父が人助けをしようとして死んだなど、極めてありきたりなもので小学生向けの漫画を読んでいる気分だった。
宇野常寛『リトルピープルの時代*8』にもある様に、すでに問題は「父になるか否か」ではなく、マーケットの中で否応なく小さな父として機能してしまう私たちが「どの様な父になるか」なのだと思う。
モヤモヤした気分のまま迎えたカーテンコールではなんと映画化の発表。どうしてこんなにつまらない作品が、商業的な成功を収めてしまうのかと暗澹とした気分で有楽町から帰ったことを覚えている。