2021年12月 観劇記

はじめに

 もう2023年になってしまいましたが、一応2021年12月の感想です。各々のディテールは曖昧ですが、”観た記憶/経験”自体は鮮明に覚えているのが自分でも驚きでした。逆に1年以上前ということを改めて自覚し、時の流れの速さにも驚くほどでした。

 

12/4 うさぎストライプ『みんなしねばいいのに Ⅱ』@こまばアゴラ劇場

 観劇趣味を始めて以来、劇団のコンセプトに惹かれ続けていたため観劇しました。コロナで観られなかった『いないかもしれない』のドラマ版も素敵で印象に残っています。
 ハロウィンの狂騒(渋谷の馬鹿騒ぎのイメージです)が終わらずにそのまま続いた世界という設定で、くっついたり離れたり、つきまとったりする男女の姿が描かれます。元々のハロウィン言い伝え通りに、死と生がフラットに描かれる様子は印象的でした。

 何作か観て、この劇団の作劇の特徴は「出来事に対する個人の反応は極めて正常だし、ミクロに何が起こっているのかもわかるのに、知らないうちに遠いところまで連れて行かれている」というところなのかなと感じました。
 とっても丁寧でブルータルな不条理劇ともいうべきこの作品、コロナ禍の支援事業で全編映像も観られるので、雰囲気だけ知るのもいいかもしれません。
 https://www.youtube.com/watch?v=n8bceJI7g4g

 

12/7 『あーぶくたった、にいたった』@新国立劇場・小劇場

 別役実の『マッチ売りの少女』が素晴らしく、別の作品も観たいと思っていた中での公演でした。
 新婚夫婦の婚礼の場面から、その言葉と想像力に振り回されながらさまざまな「あったかも/今後あるかもしれない場面」を描くという試みなのかなと思いました。
 時空間がかなり散り散りであり、人間関係や役柄も安定しないため、何を観たらいいのかわからなくなってしまうこともありました。
 同時代の”小市民的なるもの”や時代背景を知るともっと楽しめたのかもしれないなと感じました。

 

12/9 Melomys 『Dreamtime』@アトリエ春風舎

 全く知らない劇団の公演を手軽に観られるのを楽しみに観劇しました。

 内容はかなり思弁的で、特定のドラマに基づかないなんとなく”正しげ”な主張が繰り広げられるようなものでした。

 光や映像を使った演出はとても印象的で、少し遠いところまで旅をした気分にさせられました。
 一方で、内容に関しては生物種の絶滅という、”ある程度の正しさ”が定められているテーマに乗っかり、ただ気持ちよく主張しているだけであまり面白いものだとは思えませんでした。
 アフタートークも、哲学的な話をしているようように見えるものの、結局起こっているのは権威への擦り寄りと馴れ合いのみで、正直観ていて気持ちいいものではありませんでした。

 大声では言いませんが、人文系の学問しか学んでいないと"何がわかっていないか"*1をわかっていないがゆえに、全てを知っているように振る舞ってしまう、というのは現代社会の宿痾ですらあると思っています。

 

12/10 gekidan U『おいてきぼりの桜の園』@アトリエ5−25−6

 当時はまだ信頼していた作家さんの新作とのことで楽しみにしていました。
 戯曲賞を取った前作、『リアの跡地』と同様、古典を下敷きにしつつ現代的なテーマを扱う意欲的な作品でした。
 
 東畑開人『野の医者は笑う』にあるような、オルタナティブで制度化されていない癒しや人間同士のつながりのあり方が相変わらずのポップさで描かれていて印象的でした。

 その中でもキーとなっていたのが、重要な他者との葛藤が、治療者や別の他者との間で反復される、転移という現象です。精神医学/分析でよく用いられる概念なのですが、かなり意欲的に調べられていて、粗がほとんど見えないのはいい意味で驚きでした。
 他にも場と繋がり、当事者研究、ケア技法など心理療法における現代的なテーマが盛り込まれていて興味深く観ることができました。
 どの登場人物もプロットも上手く整理されている一方、頭でっかちな印象すら残すような、冷静で観客が物語に踏み込む事を許さないような舞台のように感じる部分もあったかもしれません。しかし、適当にお茶を濁して”主張した気”に浸る作品よりも本気度が感じられて好きな舞台でした。

 

12/19 さいたまゴールド・シアター 『水の駅』@彩の国さいたま芸術劇場

 名前だけは知っていた、さいたまゴールドシアターの最後の舞台を観に行きたいと思って劇場に向かいました。
 別の団体の上演を一度観ていたこともあり、今回は演技や身体に集中して観ることができました。

 その素晴らしさは随所で語り尽くされているので、改めて述べるまではないでしょう。
 普段は若さ/元気さを失った状態として語られる老いが、言葉を纏わず舞台に乗ることで、そこに蓄積された時間や芳醇さを強く主張し、肯定的なものとして存在していた、ということが印象に残っています。

 事前に開催されたワークショップに参加できたのもいい思い出でした。

 

12/23 宮﨑企画『東京の一日』@アトリエ春風舎

 支援会員のプログラムで観劇しました。『忘れる滝の家』の抽象的な演出と東京という現実的な都市生活をどのように融合させるか気になっていました。
 住宅展示場に住み着き、『バートルビー』の登場人物のように”I would prefer not to”を繰り返す男、その住宅展示場で働く人々の風景などなど、特別な何かが起こるわけではないのですが、等身大よりは少し大きい日々が描かれていてのんびり楽しめました。 会話や動きから滲み出る人肌のような暖かさが印象的な舞台でした。

 

12/25 KAAT DANCE SERIES『Le Tambour de soie 綾の鼓』@神奈川芸術劇場・中スタジオ

 クリスマスらしく、少しロマンティックな舞台を観ようと思って観劇しました。三島由紀夫の『近代能楽集』に所収されている作品を下敷きにしており、能のような演出とダンスを楽しめる舞台でした。
  「苦しみ 生まれ 生きる」「苦しみ あなたは踊り 私は生きる」というリフレインに代表される、諦観の果てにたどり着いた希望のようなものを表現する笈田ヨシさんの身体表現も見事で、1年以上経った今でも強い印象に残っている舞台です。

 

12/26 小田尚稔の演劇『レクイヱム』@SCOOL

 岸田國士戯曲賞の候補にも選ばれた『罪と愛』が印象的だったこともあり観劇しました。
 墓場や病院、幽霊などを題材にしつつ、様々な形の死と生の間にあるグラデーションを描き、生を肯定するような素敵な作品でした。 深刻にもなりすぎず、軽薄にも感じられない程よい温度感も印象的でした。

 

12/29 ゆうめい『娘』@ザ・スズナリ

 ゆうめいの「池田家サーガ」ともいうべき作品の最新作ということで楽しみにしていました。
 まずとても印象的だったのが木枠のようなものが「回」の字の形に何枚も重ねられた舞台美術でした。モニターのベゼルだったり、記憶と現実の距離感を示すための演出として使われたりと素晴らしいアイデアだと感じました。
 内容に関しては、これまで「加害者」として描かれた母の過去についてフォーカスがあたっていました。「親の役割を放棄してしまったダメな親」も親も人の子、母の娘であり人間であり、様々な葛藤を抱えていること、そして「(特に母)親としては不適切」と抑圧された思いがあり、それがまた子の葛藤を産む構図を、自分の親について考えながら観ていました。当日パンフレットに挟まれた母からのメッセージ(縦読み)に込められた正直な気持ちはそれゆえにとても印象的でした。
 こんな光景を描いてなお、子を育もうとするという事に、生への讃歌が込められているような気がしました。

 

12/29 マチルダアパルトマン『マンホールのUFOにのって』@OFF•OFF シアター

 大好きな劇団の最新作で観劇締めをしようと思って観劇しました。前半は森見登美彦的な「大学謎サークル(今作ではオカルト)と不思議女子」もので、それはそれで面白かったのですが、白眉なのは後半でした。
 突如物語は15年後になり、カフェ店員が実際の宇宙人だったりとオカルト的なものは否定されない一方、前半の登場人物のほとんどは結婚したり地元を離れたり「普通」の生活を送っています。
 その中で、思い出や”普通の自分”を受け入れられない思いを引きずる1人の女性が過去と決別する姿が描かれるのですが、青春の煌めきと、その後に続く人生の機微が深刻になりすぎずに描かれていてとても印象的でした。

*1:人文学はデータやファクトの扱い方を学べる一方、データやファクトそれ自体を学ぶものではないという問題がそこにはあります