2021年11月 観劇記

はじめに

 精神科医としての研修も1年半が過ぎ、もう折り返しが近くなってきました。今までは統合失調症をメインに診ていたのですが、幅広い症例をとのことで来月からは依存症メインの病棟に異動になりました。

 依存症といえば、國分功一郎『中動態の世界』など人文系とも関わりが強く、akakilike『眠るのがもったいないくらいに楽しいことをたくさん持って、夏の海がキラキラ輝くように、緑の庭に光あふれるように、永遠に続く気が狂いそうな晴天のように』といった舞台作品にもなるような懐が深い分野のように思っています。これまでの経験をどのように活かせるのか今から楽しみです。

 

11/3 劇団た組『ぽに』@神奈川芸術劇場・大ホール

 

 最近はドラマや映画の脚本を手掛ける加藤拓也さんによる人気劇団の新作公演とのことで観劇しました。
 “仕事とお金の責任の範囲”を追いかけっこで示す、というコンセプトの舞台でしたが、それ以外にもダメ男から離れられない女の心理や、金銭や地位を背景にしたマイクロアグレッションなどが描かれてたように感じました。
 とにかく主演女優の方の煮え切らない演技が素晴らしく、他人事なのに苛立ちを覚えるほどのリアリティでした。また、若者言葉を積極的に用いた会話も他の劇にはない面白さががありました。

 内容は、劇中の出来事は総じて派手で、明確に描かれるのに、総論としては曖昧という不思議な感覚でした。
 ”仕事とお金の責任の範囲”は文学や芸術で扱うテーマではなく、経済学や法学などもっとプラクティカルな学問で取り扱われるべきのものというのも、この曖昧さ(中身の乏しさ)につながっている気がしました。

 個人的にはあまり刺さらず、なぜ人気なのかも理解できなかった部分もありました。もう数作観てみたいと思いました。

 

11/9 ぱぷりか『柔らかく搖れる』@こまばアゴラ劇場

 支援会員制度で観劇しました。小劇場演劇を最初に観たのが、この劇団の『きっぽ』という作品であったこともあり、少し思い入れのある団体でもありました。

 作品自体は前作同様家族をテーマとしたオーソドックスな会話劇で、母-娘関係に留まらない深さを感じさせるものでした。演技、脚本、演出どれも現実の生き写しというわけでもないが、非常に劇的でもないというバランス感覚が見事で非常に優れた作品のように感じました。
 その一方で前作にあった身を焼くような情念は意図的に抑制されていた印象もあり、好みが分かれる部分もあったかもしれません。

 岸田賞受賞作品の初演を観たというのも初めての経験で、今振り返ると少しこそばゆい感じもあります。今年の新作も今から楽しみです。

 

11/11 『イロアセル』@新国立劇場・小劇場

 新国立劇場のプログラムを信頼しているため観劇しました。

 「言葉に色がつく」という奇抜な発想と、おとぎ話的なストーリーテリング、現実への批評性のバランスが良い作品でした。

 やはり特筆すべきはその演出で、プロジェクタや色紐、衣装などあらゆる手段で表現された「言葉の色」はそれだけで十分楽しめるものでした。

 物語自体は、色がつく(記名性のある「現実」の)言葉と、囚人のもとで色が消えた(匿名の)言葉の対比という形で進んでいきます。
 本作品は10年前が初演であり、インターネット、SNS社会を風刺したと述べられています。その時代はSNS勃興期というべき時期であり、当初は「言葉の匿名性」が風刺の対象になっていたのかもしれません。

 しかし、今この作品を観ると、その批評性は囚人がマスメディア的な立場で発する無色が故に記名性のある(囚人以外の言葉には色がついているため、無色の言葉は囚人のものである他ない)言葉や、その権力性に届いているような気がしました。
 この背景には、SNSが当たり前のツールになり、匿名というよりも記名性のある言葉でのやりとりが増えてきたこと、それでもなお炎上などの「匿名だから起こると思われていたこと」が増え続ける一方であることなどがあるのかなと感じました。
 非常に面白い作品で、また10年後観たらどのような感想を抱くのかも気になってしまいました。

 

11/13 KUNIO『更地』@世田谷パブリックシアター

 『水の駅』関連ワークショップに当選したため、せっかくの機会なので参加前に杉原邦夫さんの演出する舞台を観たいと思って観劇しました。KAAT『オレステスとピュラデス』が素晴らしかったのも理由の一つです。
 『更地』は太田省吾がバブル期に記した、「初老の夫婦がかつて住んでいた家の跡地を訪れる」いうどちらかと過去や失われたものに焦点があたった作品のように感じました。それを、令和の時代に若い2人が演じるという意欲的な作品のように感じました。

 しかし、その試みはあまりうまくいかなかったと言う印象でした。その最大の原因は、やはり若い2人の劇身体が初老の境地に迫れなかったことのように感じました。
 そのせいか、あらすじを知らなかった多くの観客にとっては、「新婚の夫婦が将来のマイホームの相談をしている」風景にしかみえない場面も多く、本来は郷愁とのギャップを意図したものであろうポップな演出も白けて見えてしまいました。

「太田省吾作品の演出バリエーション」としては、とてもおろしろいと感じる人も多いのでしょうが、作品それ自体をみた時には正直ピンとこない作品になってしまいました。

 

11/13 DULL-COLORED POP 『TOKYO LIVING MONOLOGUES』@STUDIO MATATSU

 好きな劇団の一つであり、最近の硬派な雰囲気とはまた違った演目とのことで楽しみにしていました。
 「わたしが生きていることをわたし以外誰も知らない」というコンセプト通り、社会から何らかの形で疎外されてしまった人たちの生活とそこからの回復の過程が描かれます。
 その回復の端緒となるのが、Qアノン的な「ピザゲート」ならぬ「焼き肉ゲート」や、ヤマトQ的な団体(劇中ではワブド)という構造になっています。 とても印象的なのが、それらの「陰謀論」が作中では一切批判されず、一応の真実として描かれていることです。また、スマートフォン/zoomを用いた参加型の演出などで我々観客の中に潜む孤独や陰謀論的なものへの脆弱性を明らかにするというギミックも末恐ろしいものでした。

 Zoomの演出は配信用の作品としても、”単なる記録映像”以上のものを提供できており、配信と劇場での観劇をうまく融合させるということに成功していたように感じました。

 

 内容それ自体も、多少コミカルだったり誇張された部分はあるものの、真面目に捉えるならば、老い/挫折、セクシャリティ/マイノリティ、ケアラー/貧困などといった現代的なテーマを解像度高く盛り込んでいてとても印象的でした。

 会場のWi-fiパスワードの時点で”yakiniku” ”wabudo”といったキーワードを織り込んだり、仲良しの劇作家をいじったり、劇中歌や劇中劇の部分を本気で作り込んだりなど、ユーモアも抜群でその面でも楽しめました。

 劇団の印象がいい意味で変わる、素晴らしい公演でした。

 

11/18 日本のラジオ『カナリヤ』@こまばアゴラ劇場

「さわやかな惨劇」を掲げる劇団のコンセプトに惹かれて観劇しました。
 実話を基にした作風が特徴とのことで、今回はオウム真理教をベースにタリウム使用母親殺害未遂事件をトッピングした作品でした。

 『TOKYO LIVING〜』と同様、新興宗教の異常性を殊更に取り上げるやり方でなく、それを信じる人の日常をフラットに描くという形の作品でした。
 また、セリフやセリフ回しも意識的に淡々としたものとなっており、そこに団体のしての批評性が見え隠れしてとても印象的でした。

 偶然にも2作連続で似たテーマだったこともあり、「陰謀論」や「病的な妄想」といった、我々とは違うものを信じる人々のことについて考えることができました。

 

11/20 『アルトゥロ・ウイの興隆』@神奈川芸術劇場・ホール

 KAATと草彅剛という意外な組み合わせに惹かれて、家族と一緒に観劇しました。
 ドイツ、オーストリアにおけるナチスの勢力拡大の様子を、アメリカマフィアの物語に翻案するという物語です。そしてそのマフィア、アルトゥロ=ウイをスター草彅が演じるというとても尖った配役の舞台でした。
 物語自体はホロコースト以前の”成り上がり”に焦点が当たっているため、表面上の悪辣さは抑えられている印象ですが、それでも自由の蹂躙や激しい権力闘争の様子などは十分恐ろしいものでした。

 そして、より恐ろしかったのは客席の様子でした。
 SMAPは解散したとはいえ、草彅剛には固定ファンもたくさんいるようで、客席には「スター草彅」を観に来た層と演劇を観に来た層が共存していました。
 草彅/ウイは、楽団を従えて、これでもかとその客席を煽り、物語への賛同を求めます。それは「演じられているもの」とはいえ、ナチス的なるものへの賛同を強いるものでありました。そのせいか、個人的には素直に乗ることはできませんでしたが、周囲の観客の一部は楽しそうに歓声をあげており、そこに強いギャップを感じました。
 この差の原因となったものは一体なんなのでしょうか。ナチズムへの拒否感の強さの違い、演者を観ているか演技を観ているかといった違い、素直か天邪鬼かという違い、色々と考えるところはありますが、いまだに結論は出ていません。
 ただ、少なくとも自分と異なる考えを持ち、異なる行動をしている他者が間違いなく存在していることを知ることができました。
 そのように、普段は知り得ない他者の存在を実感することこそ、芸術鑑賞の一つの効用なのかもしれないなと感じました。